創業百余年の歴史

玄界灘 かつての新宮漁港は豊富な漁獲量でした。そうだ!魚を干そう!
初代進藤長兵衛が干物屋を始めました。
有限会社進藤商店のはじまりです。

●明治43年頃
水揚げが豊富な新宮村でイワシの丸干しや、いかなごの煮干し加工、鮮魚販売を始める。
先々代の進藤武吉・トキ夫婦はその後を継ぎ、煮干し・削り節などの加工や玄界灘の地魚を天日に干し商品数を増やしていきました。

●昭和30年代
のちの会長、進藤和夫入社。

●昭和48年
有限会社進藤商店を設立
イワシ・サバ・フグ・アジを中心に、エイひれ・カレイ・ウルメイワシ・トビウオなど多くの加工品を製造するようになる。

●昭和50年代〜
みりん干し製造・辛子明太子製造を始める。先代から受け継いだ『もったいない精神』で明太子を漬けた後の調味液に価値を見出し、当時いわしみりんなどに使っていたマイワシを調味液に漬け込み、鰯明太子付けを開発。
日々の研究で、魚を使ったバリエーション豊かな商品ラインナップがそろってきた。

●現在
昔ながらの伝統も大切にしつつ、時代に合った魚の食べ方や、新しい加工魚の提案をできるように試行錯誤しながら発信中。





変わることなく。

先々代が魚の天日干しの「干物」づくりを始めて百余年。ここ新宮の浜は、今も昔も変わらずに美しい白砂清松を誇っております。何ものも遮らない天日、海風が「干物」づくりに適していたのだろうと思います。今では衛生上、海風を再現した機械乾燥に変わりましたが、工程は百年前と変わることなく、熟練の職人が一尾づく手作業で作ります。職人の手技、経験を大切に、そして何より素材、鮮度を見極めて「納得できる干物」をつくる。それが現三代店主のこだわりでございます。

 

昔ながらの良さを伝えたい。

「干物」は魚の旨みを凝縮した、日本人の知恵が育んだ食品です。私たちは、次世代を担う子どもたちや子育て中のお父さんお母さん、地域の方々へ、試食提供やレシピ開発を通じて干物のおいしさのご提案に努めてきました。先々代の長兵衛から受け継いだ製法や伝統を基本にしつつ、「魚っておいしいね」「干物でこんな料理もできるのね」そんな声を励みに、次世代へと継承できる食文化を日々研究開発しております。

 

みなさまの笑顔のために。

みなさまからの「おいしかったよ!」の笑顔を励みとして、これからもずっとご愛顧いただける商品をお届けできますよう、スタッフ一同精進して参ります。
 


有限会社進藤商店 取締役会長 進藤和夫


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